週末の子連れプチ旅行はバタバタだが楽しい
今週末は、県内の割と日帰りで遊びに行って帰るくらいの距離の所まで、一泊で子ども達と遊びに行ってきた。
一泊するのも、割と悪くない。
この間は、食事や洗濯などの家事から解放されるので、子どもと向き合う時間が多く取れた気がする。
相変わらず、お風呂に入れたり、ご飯をちゃんとバランスよく食べさせたり、歯磨きさせたり、という一つひとつの行動は、中々子どもの気分が向かないので、大変。
お風呂は、大浴場に、妻が息子、僕が娘を連れて入ったけれど、意外と娘が浴槽に浸かるのを嫌がって困った。
薄暗いし、浴槽が黒だったので、底が見えなくて怖かったのかな?と予想。
親切なおじちゃんが、「あっちに浅いお風呂もあるよ」と教えてくれて、そこだと入れたのでそこで過ごす。
こういう、予想外の「え、そこでつまづく?」みたいなことが、子どもを相手にしていると起こるので新鮮で、貴重な体験だと受け止めている。
晩御飯は、弟夫妻が近くに住んでいるので、誘うと来てくれて一緒に食べた。
けど、お店のチョイスを少し失敗した。
しゃぶしゃぶを食べたので、テーブルの真ん中に鍋があるし、生肉もあるので、子どもが触らないようにブロックしながらだったので、バタバタだった。
そして、ブッフェ形式だったので、食材を取りに行かないといけないし、子どもの分を取り分けてあげないといけないしで、中々コントロールが大変だった。
食材を取りに行くにも、一人が2児の子守り、一人が取りに行く、という分担をせざるを得ないし、一人で2児を守るのも意外と大変だ。
そして、子どもの分の取り分けも、煮え具合と箸の進み具合でいい感じのタイミングで出してやらないといけない。
結果とすると、自分たちが落ち着いて食べられない・・・
まぁ、ある程度お肉を食べたら、鍋は引いてもらって、食べられるものを食べた。。
料理は美味しかったけど。
翌日は公園に遊びに行ったけど、施設の一画にある公園で、公園名をナビに入れてその通りに進むと車が通れるか通れないかのあり得ないような道を案内された。
施設名でナビに入れると、無難な道が案内されることが分かった。
事故しなくてよかったけど、事故しそうなリスクと引き換えに勉強になりました。
検索の仕方も重要。
ちなみに、車載のナビでもグーグルマップでも同じような案内でした。
そんなこんなだったけど、子ども達は割と珍しい所に行けて楽しそうにしてくれたので、良かったと思う。
子どもの歌に学ぶ常識に囚われない発想−あくびがビブベバ
子どもが割と歌を歌うのが好きなので、子どもの歌を聞く機会が増えました。
そして、子どもの歌は割と面白い発想で書かれているものが結構あることに気づきます。
今回は、「あくびがビブベバ」という歌。
歌詞は、以下のサイトにありました。
http://hoick.jp/mdb/detail/18450/%E3%81%82%E3%81%8F%E3%81%B3%E3%81%8C%E3%83%93%E3%83%96%E3%83%99%E3%83%90
あくびの呪文を掛けて、色んなものにあくびを誘発するという歌です。
この設定の時点で、割と面白くないですか?
1番では、バナナにあくびの呪文を掛けて、「ば〜」というあくびをさせます。
いきなりバナナにあくびをさせるということから始まりますが、まぁ、植物という点では生き物だし、あくびもするかも?という無理やりな解釈を強いるような、キワキワなラインから攻めてきます。
2番は、ゾンビです。
ゾンビは「び〜」というあくびをします。
これまた、アンデッドなので生き物じゃないけど、元々はニンゲンだからあくびするかも、、という絶妙ラインをついてきます。
3番は、車です。
車は「ぶ〜」とあくびをします。
ついに、完全に無生物になりました。
この呪文は無生物すらあくびをさせます。
ただのエンジン音のようにも聞こえますが、あくびです。
そして、ある程度の方向性が見えてきます。
ばー、びー、ぶー、と来たので、べー、ぼー、と来るはずです。
人は何か法則性を見つけると、次の展開が楽しみになるものです。
そして、あくびをするはずのないものがあくびをする、という奇抜性で、次は何が「べ〜」とあくびをするんだろうか、と期待感を煽ります。
4番は、なんと、あっかんべーです。
「べ〜」とあくびをします。
生物でも無生物でもなく、抽象的な概念のようなものになりました。
「そうきたかー!」という感じがしませんか?
子どもの想像力を掻き立てる、素晴らしいチョイスです。
そして5番は、おひげです。
おひげは「ぼ〜」とあくびをします。
生物の一部分、という点で、生物的なものに回帰してきます。
あっかんべーという顔を使った概念から、顔の一部という導線で、具体的なものに着陸します。
そうやって、起承転結のようなまとまりを作って落ち着けているような印象を受けます。
どの部分をとっても、常識の枠を一旦取り外さないと作り上げられない、楽しい世界観だと思います。
子ども向けの歌は、こういった想像力を掻き立てるような作品があって、新鮮な気持ちで楽しめるので、中々侮れません。
仕事の飲み会は行くべきか
一昨日くらいに、飲み会でした。
仕事で繋がっているコミュニティなので、何となく仕事に絡むような話をして、その他の話題に関心の共通項になるようなものはあまりなくて、すごく楽しい訳ではない。
かといって、スマホをつついてたりすると、「スマホばっかりつついてちゃいけないよ~」とお節介してくれる人がいる。
特別、人間関係が深まる場という訳でもないみたいです。
自分が他人に対する関心が薄いのだろうか。
逆に自分から、何か面白い話題が提供できる訳でもなく、そこは一つ課題かなと感じている。
なので、自分が語れるネタはカードとして持っておきたい。
家に帰ったのが22時前くらいになったけど、何故か娘が布団に転がりながらも起きてて(いつもは21時頃寝せる)、「パパおかえり」と言ってくれたのが、その日の最高の出来事でした。
ライヴするのも段取り次第(子育て的に)
先日、うちのバンドでライブだったのですが、中々一つステージこなすのも大変です。
そしてなんとまあ、当日の演奏が酷かった!
そもそも、日ごろ子どもの相手したりしてると練習する時間もないですからね。
平日は、仕事終わって保育園から子どもを連れて帰って夜9時までに寝かせるの目標に戦争状態ですし。
週末は、お出かけの予定にするとまず無理。
お出かけしなければ、子どものお昼寝中にちまちまと。
そんなこんなの練習不足で挑んだステージがガタガタで、恥ずかしかった(; ・`д・´)
こういう時って、他の出演者さんと顔合わせるのも勝手に少し気まずくなったりする・・。
まぁ、次は頑張ろうっていうモチベーションにしていこう。
今回の課題に感じたのは、とりあえず曲構成だけはきちっと頭に入れておかないと、ということ。
練習できないのであれば、音源を聞きこんで覚えてしまうことですね。
音源聞くのも練習!
ここに意識が持てたのが、収穫です。
子どものかわいい口ぐせ
2〜3歳頃の、まだまだぎこちないけと言いたいことを一生懸命伝えようとしている時期の話し方はとてもかわいい。
そんな我が子の、口ぐせ集をメモしておこうと思う。
気づいたら追加していく。
今のところ、数は少ない。
・たっちぽん(ちゃんこぽん)
→立って(座って)欲しい時に言う。「たっちぽんして~」とか言う。
・もっくりもっくり
→袖をまくってほしい欲しい時に言う。うちの地方の方言?で、袖とか腕とかをまくることを「もくる」というため。
手を洗う時に、「もっくりもっくり」とか言う。
大体、姉がこんな感じ。
弟は、まだまだ言語表現が幼いので、おもしろフレーズはないけど、活舌が悪いのがおもしろい。
「ドキンちゃん」のことを、「キンタン」とか言うので、姉にいじられている。
姉は、「ドキンちゃん」という発音だと分かっていて、弟の発音がちょっと違うというのが分かるので、それをおもしろがることができる。
わざと僕が弟に、ドキンちゃんを指さして、「これ何?」と聞き、弟が「キンタン!」と自信満々に答え、姉が笑う、というパターンが和む。
姉が真似して、弟に「これなぁに?」って話したりする。
そんな日々。
子どもへのイライラの源泉を考える
仕事の都合で、妻が割と週末いないことがあります。
そうなると、一人で2人の子守りをするようになるのですが、中々ハードです。
上の子は、どんどん自我が出てきて、結構ワガママや自己主張があって納得させるのに手こずります。
最近困っているのは、好きな服しか着ないこと、気に入った服がないと機嫌が悪いこと。
それと、オムツ替えたり、薬飲ませたり、という結構重要度の高いタスクが、本人の機嫌次第でさせてもらえないこと。
気に入った服なんて、洗濯中のことだってあるし、どうしても本人の思うようにならないことがあるので、これはホントに困ります。
まぁ、上手く好きな動画見せて気を紛らわせるか、落ち着くまで抱っこしてやるかでどうにかやり過ごしていますが。
薬なんて、吐き出された日にはどうしようもないです。
下の子は、まだそういった自我と上手く付き合ってやる難しさはないのですが、衝動的に行動するので目が離せません。
謎行動が割と多く、それに戸惑う感じです。
ゴミ箱を漁ってみたり、お茶のコップの中に食べ物をどんどん入れていってみたり。
お茶を飲みたいくせに、パンを入れたりするもんだから、パンが水分を吸ってぐちゃぐちゃになるわ飲めないわで、コップを取り上げたら、今度は辛くなって泣くわで。
いや、アナタがそんなことしてるからでしょ、と思うようなことが多々あるんですが、本人はまだまだそういう因果関係的なことは分からないようです。
そんなこんなで、肉体的にも精神的にもすり減らしながら、どうにか日々を過ごしています。
流石に、イラッとしてしまうこともあるんですが、何故だろうか、と一旦冷静に考えてみます。
まぁ、子どもが言うことを聞いてくれないから、ではあるんですが、よくよく考えてみると、子どもが言うこと聞くほうが稀ですよね。
なぜそんな当たり前の分かりきった現象に腹を立てるのか。
結局は、自分がこうしなければ、と思ったことがそのとおりにならない、という点ですね。
自分のペースや段取りが乱されるということのストレスだと思いました。
かといって、自分が思い通りにしたいがために、相手の行動を抑圧するのは良くないし、相手が子どもだからといって基本的には許されるものではないはずですよね。
お互い人間としては対等な立場、というのが基本で、相手の行動を抑圧すべき時があるとすれば、それはそうしなければ危険から守れない、とかそういった相手のための行動であるべきだと思うのです。
なので、自分の思い通りにならないから、という利己的な動機で子どもをコントロールしようとしたり、力で行動を抑制したりすることは、やはり違うなぁと思います。
ただ、自分もそんなにできた人間ではないので、ついついイラッとして叱ってしまうこともあるので、それを振り返りつつ、結局は自己中な振る舞いを自分より未熟な子どもに対してしようとしてしまっているのだなぁと気付かされる訳です。
子どもを育てているようで、実は自分が育てられているという、そういう気持ちを持ちながら、これからも頑張っていきたいなぁと思ったのでした。
家事がデジタル家電にハックされて消滅すれば
平成17年の男女共同参画白書中にある、男女の家事に係る時間。
家電の普及によって女性の家事時間は減って、男性の家事時間は見事に変わっていない。
家電もこれからはAIを搭載して単純な作業が自動化されていく中で、家事負担自体を減らせる方法は増えていってほしい。
その一方で、家事というタスクの負担が女性に偏る現象が、男性の負担と平準化していけばなぁ。
大体、デジタルガジェットって世の男性は割と好きだと思うんだけど、その延長でデジタル家電も使いこなして家事をするようなことにならないかなぁ。
我が家の場合は、洗濯→乾燥→たたんでしまう、の作業が割と手間がかかってめんどくさい。
たたんでしまう作業の自動化、早く普及してほしい。
沢山洗って沢山使いまわす子どもの服なんかは、もはやたたまず、とりあえず決まった場所に突っ込んでおくだけでもよいのかもしれないですけどね。
そもそも家事をきちっとやりたがる人も多くて、それはそれでよいことだとは思いますが。
そういう、男性的なズボラな家事観と、それを許容できる寛容さがあるといいのかも。
そのためには、ズボラな家事でも、男性諸君もどんどんコミットして、子どもにできることは子どもにもさせて、家事のあり方を再定義すべきなのかもしれないです。
職場でもよくある、何となく色んなこと請け負ってやってくれる人に仕事が集中して、その人ばっかり大変そう、みたいな。
家の中の仕事くらいは、分散させたいものです。
そうすれば世の中はもう少し平和になるんじゃないかな。